きみのひとでなし

ピンクのガーベラ、イチゴショートケーキに憧れる。

眠れぬ夜には10年前のレコードを聴こう。
というわけで、10年前に書いたSSのお蔵出しです。


【 ピンクのガーベラ、イチゴショートケーキに憧れる 】

 明日、雨が降ったら遊園地へ行こう、とユッカが云った。

 僕は黒い蝙蝠傘、キッカちゃんはスノウフレイクの図柄がレースのように連なった紫色の傘をさして、ふたりで観覧車まで並んで歩こう。

「どうして、雨が降ったら、なの?」

 私の質問に、ユッカは困ったような笑顔を浮かべる。

「雨が好きだから、というのでは駄目だよね。キッカちゃんの紫色の傘が好きだから、でも納得してくれないかな? きっと、晴れの日だと、僕らは一生懸命になって遊んでしまうから、ふたりで遊園地に行く意味がない。雨音のせいでなんにも聴こえない世界を歩きながら、キッカちゃんの傘がきれいだなぁとか、そんなことだけを考えていたい。そしてそれは、遊園地じゃないと駄目なんだ」

 ユッカは、たまにおかしなことを口走る。

 彼のあたまの中にはきっと、こうあってほしいと願うすてきな世界を映す映写機があって、それが、ときたまこうやって、スクリーンにおさまりきらずにこぼれ出てくる。同じフィルムを持たない相手に、現実的なことばで、その映像を説明できれば良いのだけれど、ユッカはそんなことばを持たない。だから彼は、ことばを発しながら、己のことばに、いつでも首を傾げている。

 むずかしいね、とユッカは諦め顔で笑った。人に伝わることばを吐くのはむずかしい。僕が舌足らずだからかなぁ、それとも、ことばではここまでしか伝えられないものなのかなぁ?

「雨降りの遊園地に行って、何をするの?」

「何も。遊園地の中を、傘をさして歩いているだけでいいなぁ。観覧車に乗って、何周でも回っていたい。そうでなければ、他に誰も乗っていないメリーゴーラウンドにキッカちゃんだけを乗せて、くるくる回る様子を、傘をさしたまま、外からずっと眺めていたい。何十秒かに一度だけ、キッカちゃんに巡り会えるの。その一瞬だけすごく嬉しくて、だけどすぐに離れてしまって、哀しくなる。それでも、また逢えるんだと期待して、どきどきしながらその時を待つの。そんな目に遭いたいなぁ」

 うっとりと、ユッカは目を閉じる。私はとても寂しくなって、涙をこぼしそうになる。

 置き去りにされることでしか、しあわせを確かめられないユッカ。

 メリーゴーラウンドで回り続ける私に、ユッカは置き去りにされるのかもしれないけれど、そのときは、私だって、ユッカに置き去りにされているというのに。

 俯く私に、キッカちゃん、どうしたの? なんて、のんびりした声をかけてくる。

 お願いユッカ、私に気づいて。

 そんなあからさまなことばが、何故吐けないのだろう。

 人に伝わることばを吐くのはむずかしい。特に私みたいなのには、とても難しい。


こういう、独特の価値観を持った人との会話文がメインの短いお話というスタイルは、昔からとても好きで、今でも隙あらば書こうとしてしまいます。

変なことを、変だと自覚しないまま口走る人の言葉を聞くのが好きです。
物語に限らず、現実の会話でも。
それは、理性にがんじがらめにされた「きみ」ではなく、きみの中にいる「ひとでなし」の言葉だと思うから。

それにしても、「諦め顔で笑った」みたいな陳腐な表現は、今だと絶対に書き直してしまって、もっと変てこな表現にしてしまう典型的なフレーズなので、陳腐なまま残っているのが不思議な心地がします。

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